第１話 退職給付とは 〜あと払いの給料と２つの制度〜
| 社長 | 白柴くん、従業員の退職金って、なんでこんなに高額なんだ？ボーナスよりずっと多いじゃないか。 |
| 経理 | それは「退職給付＝賃金の後払い」だからです。従業員が働いて積み上げた対価分を、後で払う仕組みなんですよ。 |
| 社長 | なるほど、働いた分の“ツケ”が退職時にドーンと出てくるってことか。 |
| 経理 | そのとおりです。ちなみに退職給付には２つの支給方法があります。退職時にまとめて払う「退職一時金制度」と、退職後に年金として払う「企業年金制度」です。 |
| 社長 | うちはどっちなんだ？ |
| 経理 | うちは退職一時金制度と企業年金制度を併用しています！ |
| 社長 | おぉ。年金も出るのか！この企業年金ってのは、外部の年金基金から支払うやつか？ |
| 経理 | そうです。企業が掛金を基金に払い、基金が運用して退職者に年金を支給します。会社とは別組織です。 |
| 社長 | なるほど、しっかりしてるな。でもさ、退職金って未来の支払いだろ？今の時点で費用にする必要あるのか？ |
| 経理 | 実は、ここが大事なんです。退職給付は「将来支払うから」費用にするんじゃなくて、「働いたことによって原因が当期以前に発生している」から当期の費用になるんです。 |
| 社長 | つまり、“いつ払うか”じゃなくて“いつ発生したか”で費用にするってことか！ |
| 経理 | そのとおりです。なので毎期、従業員が働いた分だけ退職給付費用と、将来の支払いに備える退職給付引当金を計上しています。 |
| 社長 | なるほど、見えない給料もちゃんとその期間に配分してるんだな。さすが会計は抜け目ないな！ |
条文穴埋問題
（範囲）
3． 本会計基準は、一定の期間にわたり 労働 を提供したこと等の事由に基づいて、 退職以後 に支給される給付（ 退職給付 ）の会計処理に適用する。
理論記述問題
Q．退職給付の性格は、どのようなものか？
Ａ．退職給付の性格は、労働の対価として支払われる賃金の後払いである。
Ｑ．退職給付を発生した期間に費用処理するのはなぜか？
Ａ．退職給付は、その発生が当期以前の事象に起因する将来の特定の費用的支出であり、当期の負担に属すべき金額は、その支出の事実に基づくことなく、その支出の原因又は効果の期間帰属に基づいて費用として認識すべきであるから。
≪参考≫ 確定給付型と確定拠出型
白柴経理退職給付制度には、企業が負担する額が決まっているかどうかで、「確定給付型」と「確定拠出型」というのがあるんだよ。
| 制度 | 確定給付型 | 確定拠出型 |
|---|---|---|
| 仕組み | 企業が負担する金額は、運用状況によって変わる | 企業が負担する金額は、あらかじめ決まっている |
| 金額 | 従業員が受け取る退職金は、あらかじめ決まっている | 従業員が受け取る退職金は、運用結果によって変わる |
第２話 退職給付の計算 〜ツケの現在価値と３つの費用〜
| 社長 | で、この“ツケ”の退職給付って、どうやって計算して帳簿にのせるんだ？ 電卓叩いても桁がバグるぞ。 |
| 経理 | 帳簿に載るのは「退職給付引当金」です。これは「退職給付費用」を使って毎年少しずつ積み立てていくんです。 |
| 社長 | あっ、前回、引当金って言ってたやつね。 |
| 経理 | そうです。そしてその引当金のもとになるのが「退職給付債務」です。これは、将来払う退職金のうち、期末までに働いた分だけを割り引いて、今の価値に直した金額です。 |
| 社長 | なるほど…つまり、まず“今まで働いた分のツケ”を現在価値に計算して、それを帳簿に少しずつ反映していくってことか。 |
| 経理 | はい。そして、退職給付費用の計算には３つの要素があります。 |
| 社長 | なんかスパイスみたいだな！ |
| 経理 | ① 勤務費用：今年働いた分のツケ。１期間の労働の対価として発生した退職給付です。 |
| 社長 | 今年の分は今年払えって言われてる気がする…。 |
| 経理 | ② 利息費用：退職給付債務が“時間で勝手に増える”部分です。時の経過によって発生する計算上の利息ですね。 |
| 社長 | なんでツケが自然増殖するんだ！？ |
| 投資家 | 借金の利息みたいなもんだよ。 |
| 経理 | ③ 期待運用収益：年金資産が増えてツケが軽くなる部分。これは費用からマイナスします。 |
| 社長 | なるほど…払う義務（債務）は増えるけど、積み立て（年金資産）が増えれば助かるわけだな。 |
| 経理 | はい。まとめると、「勤務費用＋利息費用−期待運用収益」で当期の退職給付費用が決まります。そしてその結果、退職給付引当金が帳簿に載るんです。 |
| 社長 | よし、だいぶ分かってきたぞ。…でもやっぱりツケは少ない方がいいよな。 |
条文穴埋問題
用語の定義
6．「退職給付債務」とは、 退職給付 のうち、 認識時点 までに 発生 していると認められる部分を 割り引いた ものをいう。
8．「勤務費用」とは、 １期間 の 労働の対価 として発生したと認められる 退職給付 をいう。
9．「利息費用」とは、割引計算により算定された期首時点における 退職給付債務 について、期末までの 時の経過 により発生する 計算上の利息 をいう。
10．「期待運用収益」とは、 年金資産の運用 により生じると合理的に期待される 計算上の収益 をいう。
（退職給付債務の計算）
16. 退職給付債務は、退職により見込まれる退職給付の総額（以下「 退職給付見込額 」という。）のうち、期末までに 発生 していると認められる額を 割り引いて 計算する。第３話 退職給付見込額の期間帰属 〜均等か？実態重視か？２つの基準〜
| 社長 | 退職給付費用の計算はだいたいわかったな。でも、将来の退職金のうち現在までの発生額ってむずかしいよな。単純に勤続年数で割ればいいかね？ |
| 経理 | それもありです。これには「期間定額基準」と「給付算定式基準」っていう２つの方法があります。会社はどっちかを選んで、ずっと使い続けるのが原則です。 |
| 社長 | 「期間定額基準」が、ずっと同じパターン？ |
| 経理 | はい。全勤務期間で退職金を均等に割って、毎年同じ額を費用にする方法です。シンプルで分かりやすいって昔は人気でした。 |
| 投資家 | もう一つの「給付算定式基準」は、制度の計算式に合わせて、各年の費用を見積もる方法だな。 |
| 社長 | 均等に割るのと、制度に合わせるの、どっちが実態に近いんだ？ |
| 経理 | 給付算定式の方が、実態に近いとされています。年数が増えると責任も増えて、退職金も増える制度が多いからですね。 |
| 投資家 | そうだな。働きの価値が年々上がるなら、費用もそれに合わせて増える方が自然だ。 |
| 経理 | でも、実際の働きの価値って目に見えないから、均等に割る方法も否定はされてないので現在でも選ぶことが出ます。 |
| 社長 | なるほど。均等にするか、制度に合わせるか。どっちにしても、会社の制度に合った方法を選んで、途中で変えないのが大事なんだな！よし、退職給付債務はなんとなくわかったな。 |
条文穴埋問題
（退職給付見込額の期間帰属）
19．退職給付見込額のうち 期末までに発生したと認められる額は、次の いずれかの方法 を選択適用して計算する。この場合、いったん採用した方法は、原則として、 継続して適用しなければならない。
(1) 退職給付見込額について 全勤務期間で除した額 を各期の発生額とする方法（以下「 期間定額基準 」という。）
(2) 退職給付制度の 給付算定式 に従って 各勤務期間に帰属させた給付に基づき見積った額 を、退職給付見込額の各期の発生額とする方法（以下「 給付算定式基準 」という。）（略）
理論記述問題
Ｑ．「給付算定式基準」が、採用されているのはなぜか？
Ａ．勤続年数の増加に応じた労働サービスの向上を踏まえれば、毎期の費用を定額とする期間定額基準よりも、給付算定式に従って費用が増加するという取扱いの方が、実態をより表すものであるから。
Ｑ．「期間定額基準」が、かつて原則的な方法とされていたのはなぜか？
Ａ．勤務期間を基準とする方法が、国際的にも合理的で簡便な方法であると考えられていたから。
Ｑ．「期間定額基準」が、廃止されなかったのはなぜか？
A．我が国の退職給付会計では退職給付見込額の期間帰属方法を費用配分の方法として捉えており、直接観察できない労働サービスの費消態様に合理的な仮定を置かざるを得ないことを踏まえれば、労働サービスに係る費用配分の方法は一義的に決まらず、期間定額基準を否定する根拠が乏しかったから。
第４話 年金資産 ～“ツケ”に備える専用貯金！～
| 社長 | よし、次はツケの退職給付債務に対抗して、積み立ててある年金資産をチェックだ。 |
| 経理 | （資料を広げ）年金資産は、特定の退職給付制度のために積み立てられ、退職給付以外に使えず、会社から法的に分離されている資産です。期末の時価で評価します。 |
| 投資家 | そして重要なのは、この年金資産は、企業の一般資産とは別物として扱うことだ。収益獲得用じゃないから、個別財務諸表では債務から直接引く形で表示する。 |
| 経理 | その通りです。個別貸借対照表では、退職給付債務に「未認識の数理計算上の差異や過去勤務費用」を加減した額から、この年金資産を控除した差額を負債として計上するんです。 |
| 社長 | なるほど！「ツケ（債務）」と「ツケを払うための貯金（年金資産）」を相殺したネットの金額が、うちの純粋な「負債」になるわけだな！理解したぞ！ |
条文穴埋問題
用語の定義
7. 「年金資産」とは、特定の退職給付制度のために、その制度について企業と従業員との 契約（退職金規定等） 等に基づき積み立てられた、次のすべてを満たす 特定の資産 をいう。
(1) 退職給付以外 に使用できないこと
(2) 事業主及び事業主の債権者から 法的に分離 されていること
(3) 積立超過分を除き、事業主への 返還 、事業主からの 解約・目的外 の払出し等が 禁止 されていること
(4) 資産を事業主の資産と 交換 できないこと
年金資産
22. 年金資産の額は、期末における時価（公正な評価額） により計算する。 23. 期待運用収益は、期首の年金資産の額に合理的 に期待される収益率（長期期待運用収益率）を乗じて計算する。理論記述問題
Q．年金資産は独立して資産計上されず、退職給付債務から控除して表示されるのはなぜか？
A．年金資産は退職給付の支払のためのみに使用されることが制度的に担保されており、これを収益獲得のために保有する一般資産と同様に資産計上することには問題があり、かえって、財務諸表の利用者に誤解を与えるおそれがあるから。
第５話 数理計算上の差異と過去勤務費用 ～ズレてもすぐに怒らないで!?～
| 社長 | （資料を見ながら）あれ？ この退職給付債務と年金資産の数字、毎年の予想とちょっとズレてるな。これって何が原因なんだ？ |
| 経理 | それは「数理計算上の差異」って呼ばれるものです。簡単にいうと、予測と実際の結果がズレた部分ですね。 |
| 投資家 | 差異が出るのは主に３つのパターンがある。①年金資産の運用が予想通りにいかなかった場合、②退職率や給与の伸び率などの見積もりが外れた場合。③そもそもの見積もり条件を変更した場合だな。 |
| 社長 | さすが黒柴さん、詳しいね。運用益がズレるのはわかるけど、退職率や割引率がちょっと変わるだけで、こんなに金額が動くのか。なんだか不安定だな…。 |
| 経理 | ええ、特に割引率などの「基礎率」は長期的な見積もりなので、毎年細かく見直すと、費用が大きく変動してしまうんです。 |
| 投資家 | だからこそ、会計基準ではこの差異を発生時に全額費用にするんじゃなくて、翌期以降、少しずつ費用処理していく「遅延認識」が認められているんだ。 |
| 社長 | ふーん。野球選手の年俸を1シーズンの不調だけで大幅に上下させないのと同じようなもんか。退職給付も短期のブレに振り回されないよう、差異をゆっくり費用化するんだな。 |
| 経理 | 数理計算上の差異は、一時的な予測ミスや見積もりの修正も含まれるので、すぐに費用にするとかえって実態をゆがめることもあるんです。だから、社員の平均残存勤務期間にわたって、少しずつ費用にしていくんですよ。 |
| 投資家 | その結果、発生年度に費用化されない分が「未認識数理計算上の差異」として残るわけだな。 |
| 社長 | なるほど。遅れて費用化するんだから、そりゃ未認識分が出てくるよね。 |
| 経理 | ちなみに、もうひとつ「過去勤務費用」っていうのもあります。 |
| 社長 | 「過去勤務？」なんか賃金の未払いみたいなにおいがするな。 |
| 経理 | 少し似ていますね。これは、退職給付制度を変更したことで、過去の勤務に対して追加で費用が増えたり減ったりする場合のことです。これも、すぐに全額費用にせず、一定のルールに従って分割して処理することが認められてます。 |
| 社長 | へぇ、制度を変えたことで過去の分まで費用が出るのか。退職給付って、ほんとに奥が深いな…。 |
条文穴埋問題
用語の定義
11. 「数理計算上の差異」とは、年金資産の 期待運用収益 と 実際の運用成果 との差異、退職給付債務の数理計算に用いた 見積数値 と 実績 との差異及び 見積数値の変更 等により発生した差異をいう。なお、このうち 当期純利益を構成する項目として費用処理 （費用の減額処理又は費用を超過して減額した場合の利益処理を含む。以下同じ。）されていないものを 未認識数理計算上の差異 という（第24項参照）。
12. 「過去勤務費用」とは、 退職給付水準の改定 等に起因して発生した 退職給付債務 の 増加又は減少部分 をいう。なお、このうち 当期純利益を構成する項目として費用処理されていないものを 未認識過去勤務費用 という（第25項参照）。
数理計算上の差異
24. 数理計算上の差異は、原則として各期の発生額について、予想される退職時から現在までの平均的な期間（以下「 平均残存勤務期間 」という。）以内の一定の年数で按分した額を 毎期費用 処理する。（略）過去勤務費用
25. 過去勤務費用は、原則として各期の発生額について、 平均残存勤務期間 以内の一定の年数で按分した額を 毎期費用 処理する。（略）理論記述問題
Q．数理計算上の差異を遅延認識するのはなぜか？
A．数理計算上の差異には予測と実績の乖離のみならず予測数値の修正も反映されることから各期に生じる差異を直ちに費用として計上することが退職給付に係る債務の状況を忠実に表現するとはいえない面があり、また、数理計算上の差異の性格を一時の費用とすべきものとして一義的に決定づけることが難しいから。
第６話 重要性基準と回廊アプローチ ～ズレを追いかけすぎないコツ～
| 社長 | 白柴くん、差異って毎年出るんだろ？全部追っかけるの大変すぎないか？ |
| 経理 | そうなんです。だから日本の会計基準では「重要性基準」があって、「計算の前提（割引率など）」の変動が僅少なら、前のままの数字（前提）を使っていいことになっています。 |
| 社長 | おぉ！「そもそも計算し直さない」ってことか！それはラクでいいな！ |
| 投資家 | そこがミソだ。一方で、昔の国際基準などにあった「回廊アプローチ」は少し違う。こっちは毎年きっちり最新データで計算するんだ。 |
| 社長 | えっ、計算するの？じゃあズレが出るだろ？ |
| 投資家 | ああ。計算してズレを出す。だが、そのズレが「一定の範囲内（回廊）」なら、なかったことにして財務諸表には載せないんだ。 |
| 経理 | つまり、こういう違いです。重要性基準 ＝ 前提をいじらないから、ズレ自体が発生しない（実務の負担軽減）、回廊アプローチ ＝ ズレは把握するが、あえて無視する（利益の安定化） |
| 社長 | なるほど！重要性基準は「サボっていい（効率化）」で、回廊アプローチは「隠していい（安定化）」ってことだな！ |
| 投資家 | 言い方は悪いが……まあ本質は突いているな。日本基準は「計算の手間」を省く方を重視しているわけだ。 |
| 社長 | よし、理解したぞ！🐾 俺は計算嫌いだから、日本基準の重要性基準推しだ！ |
理論記述問題
Ｑ．重要性基準とは、どのようなものか？
Ａ．重要性基準とは、基礎率等の計算基礎に重要な変動が生じない場合には計算基礎を変更しない等、計算基
礎の決定にあたって合理的な範囲で重要性による判断を認める方法をいう。
Ｑ．回廊アプローチとは、どのようなものか？
Ａ．回廊アプローチとは、退職給付債務の数値を毎期末時点において厳密に計算し、その結果生じた計算差異
に一定の許容範囲（回廊）を設ける方法をいう。
Ｑ．重要性基準が、採用されたのはなぜか？
Ａ．退職給付費用が長期的な見積計算に基づくものであるため、合理的な範囲で重要性による判断を認めることが適切であると考えられたから。
第７話 連結上の取扱い ～遅延認識の卒業～
| 社長 | ところで最近、“未認識の差異を全部出す”って話を聞いたけど、あれ本当？ |
| 経理 | はい。2012年の改正で、連結会計では遅延認識を廃止しました！ |
| 投資家 | つまり、「退職給付債務 − 年金資産」をそのまま貸借対照表に出す。誤魔化しなしの“ありのまま表示”だ。 |
| 社長 | じゃあ、これまでの未認識差異はどうなったんだ？ |
| 経理 | それは「その他の包括利益）」に計上して、純資産の部に「退職給付に係る調整累計額」として表示します。 |
| 社長 | ふむ…つまり、もう“ズレの先送り”はできないってことだな。 |
| 投資家 | そう。連結決算は、グローバル基準に合わせて、より透明性を重視するようになったんだ。 |
| 経理 | 一方、個別会計ではまだ遅延認識を続けてよいとされています。実務負担を考慮しての措置ですね。 |
| 社長 | なるほど…。これで会社の“退職金のツケ”も、しっかり見える化されたってわけか🐾 |
| 投資家 | まさに「退職給付の見える化時代」だな。 |